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牛乳1瓶千円! それでも売れる理由「そもそも牛乳はぜいたく品」 牧場主の「這い上がり人生」 part2

こんにちは~🎵お疲れ様です😆🎵🎵

【Yahooニュースより】



買いたたかれた価格

――そこまでして、直売にこだわったのはなぜですか

 確かに農協に出荷すれば、売り先を開拓する必要がないから楽だ。補助金ももらえる。

 私は1984年、31歳の時に、今の牧場がある山に入植した。当初は農協に出荷していた。しかし、自然放牧だと、乳脂肪分がどうしても低くなる。価格は買いたたかれて、一般の半額にされたこともあった。

普通の牛乳に混ぜられるのが嫌だった

――農協の考える「普通の牛乳」ではなかった?

 半分の値段で出荷を続けるか、それとも自然放牧をやめ牛舎と輸入飼料に頼るか、迫られた。自然放牧を営む酪農家の多くは、後者への転向を余儀なくされた。だけど、私は山を利用する放牧の素晴らしさを知ってしまっていたから、転向する気はなかった。農協に出荷し、私のこだわった牛乳と、普通の牛乳が混ぜられて消費者に届けられるのも嫌だった。

 そこで1992年、私は農協への出荷をやめ、消費者への直売に挑んだ。はじめは、地域で口コミに広がっていった。都市部への宅配も広がり、2004年には、年商が1億円を超えた。

「でも、落とし穴にはまった」

――順風満帆な酪農家人生ですね

 そうだと思うでしょ? でも、そこから落とし穴にはまった。

 2005年、ある投資家から「私に販売を任せてくれれば、売り上げを2~3倍にする」と声をかけられた。私も調子に乗っていたのだろう。その言葉を真に受け、出資を受けた。乳量を増やすため、第2牧場をつくった。だが、売り上げは増えなかった。

 牛乳製造販売会社の社長だった私は、責任を追及された。金を巡るいざこざに嫌気がさし、2007年、第2牧場と牛乳製造プラントを「9円」で手放した。

「金を考えるのは、向いていない」

――その後はどうやって生活を?

 もとからあった牧場は残ったが、製造プラントを失ったため、搾った乳を捨てる日々が2年ほど続いた。つらかったね。自然放牧のコンサルタントとして、食いつないでいた。

 そんな時、ネット販売を通し取引のあったインターネットサービス関連企業「リンク」(東京)が、支援に名乗りを挙げてくれたんだ。リンクの資金で、製造プラントを新たにつくってもらった。販売や宣伝、資金繰りなど経営面もリンクに任せた。

 金を考えるのは、私には向いていないから。牧場長として自然放牧だけやっているほうが、楽しくて幸せだよ。


――今後の目標は

 私のように、牛を山に放ち自然放牧する酪農を「山地(やまち)酪農」と呼ぶ。この山地酪農を全国に広げることが、私の夢だ。

 日本は、国土の7割近くが山林だが、放置され荒廃が進んできた。この山林に牛を放てば、人が入り込めない藪(やぶ)の中でも平気に歩き回り、林の下草や木の葉を食べ、大地を踏みしめ、そして糞(ふん)をする。藪は消え、土壌は豊かになり、新しい芽が出る。森が再生し、林業との協業にも可能性が生まれる。

大企業をやめ、飛び込んできた夫婦も

――山地酪農を担う人材の育成は

 今、なかほら牧場には、14人のスタッフがいる。みんな20~30代と若い。中には、山地酪農に魅せられ、大企業をやめ、飛び込んできた夫婦もいる。研修生は年間200人にも及ぶ。将来独り立ちできるよう、山地酪農のノウハウから製造プラントの作り方、製品の加工、販売まで経験させている。

 芽も出始めている。20代の女性が今、神奈川県のある町で、山地酪農を始める準備を進めている。牛を2頭放ち、利益率の高いソフトクリームをつくれば、1人で生活できるくらいの稼ぎにはなるだろう。それ以外にも熊本から北海道まで6人のなかほら牧場の卒業生が独立し、山地酪農を始めている。

 私の志を継ぐ若者が1人ずつ独立してくれれば、日本の酪農界に大きなインパクトになると思っている。









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